尻尾を振ってもエサがもらえるわけではない
京都・哲学の道 (2015年4月)
会社勤めをしていた頃の話である。
本社はドイツに在り、働いていたのはその日本支店である。
ある日、私の部署にイギリスの支店から部長が派遣された。
その部長は年齢は50歳代、着任早々部員を前に挨拶をした。
彼は「私は、アジアの果ての、東洋の小さな島で働くことになったが、よろしく」と話した。
私は「アジアの果て」「東洋の小さな島」という言葉に引っ掛かりを感じた。
任務を終えて彼がイギリスへ戻る数年の間、仕事を通じてわかったことは、欧米人は日本人を決して同等には見ていないということだった。
これは体格だとか、肌の色だとか、生活習慣なども含めて、かつて日本が好景気の時、農協などの団体がさかんに東南アジアなどの観光旅行に行って現地の人たちをどのように見ていたか、ということと相通じるものがある。
どんなに経済発展を遂げて、近代的な高層建築物が立ち並んでも、その下を闊歩するのは肌の黄色い日本人である。
欧米人が生まれつき抱くアジア人、特に日本人の印象は、容姿端麗で金持ちで、立派な家に住み、高価な衣装を着ていても決してぬぐい去ることのできないものがあるということである。
それは欧米人の遺伝子にしっかり組み込まれており、一概に差別などという言葉で説明することはできないものである。
そして彼らが一番蔑むことは、日本語でいえば「狡猾」という言葉で表される行動であることもわかった。
日本人は他諸国と比べると知能は一般に優れているというが、近世になってその知能がよりずる賢いことに使われている、とイギリス人部長は嘆いていた。
さらに、どんなに状況証拠が揃っていても、あれやこれやと言い訳をして自分にかかった疑いから逃れようとする、そんな様子を見ていると吐き気がする、とも言う。
イギリス人部長は、昔のサムライは周囲に取り返しのつかないことをした場合、潔く腹を切ったというが、今の日本ではあまりそのような例えを聞いたことがない、とも言っていた。
欧米ではウソがばれたら、その地位にいつまでもしがみつくことはしない、という。
なぜなら、地位にしがみつく自分の姿を想像したら、それまでの自分の信条が壊れていくのがあまりにも哀れで、それは子供にも自慢して話せた自分の人生を否定してしまうほど惨めに思えてしまうからである。
しかし、多くの欧米人が持っている日本人に対する先入観を覆し、日本人を見直すことができることが稀にあると、先のイギリス人部長は言った。
それは、誰に対しても自分の意見をはっきり伝える日本人に出会った時、だという。
それが例え相手と異なる意見であろうと、自分の意見は自分の立場を表現するものであるという欧米人の考え方からすればごく当たり前で、日本人特に政治家や官僚などが上の人に行う「おためごかし」は一番欧米人から軽蔑される行為だという。
そのとき部長はあらためて尋ねるそうだ。
「で、あなたの意見はないんですか?」と。
米トランプ政権は23日、鉄鋼・アルミニウム製品の輸入制限を発動した。
日本政府や多くの鉄鋼メーカーの経営者は「日本は関税引き上げの適用外になるだろう」との甘い予測をしていたがそれはもろくも崩れ去った。
安倍首相がトランプ大統領に対していつも従順だったことは日本国に何の利益も生まなかったのである。
いつも尻尾を振りさえすれば、エサがもらえるとは限らない。
思えば、トランプ氏が大統領に決まった時に安倍首相はどの国の首脳よりも一番に駆けつけて「TPPからの脱退に再考を」とトランプ氏に願った。にもかかわらず、トランプ氏は数日後にそれを拒否したし、さらにトランプ大統領がパリ協定からの離脱を表明した時、イギリス、フランス、ドイツは遺憾の意を示したが、日本の安倍首相は明確な意思表示をしなかった。
トランプ大統領の政策に対して、それがトランプ政権から批判的にとられることを恐れる日本政府は、ことあるごとに「コメントする立場にない」と逃げてきた。
これを相手に対する「思いやり」と思うのは日本人だけである。
真の友人に対する「思いやり」とは、相手にものを言うことである。
はっきりと自分の意見を相手に述べぬ者は欧米では無視される。
それで相手に貸しを作ったと考えるのは日本人の浅はかさである。
相手はそんなことはお構いなしに利用できる間はしっかり利用する。
これが欧米型の付き合いの仕方である。
今回の鉄鋼・アルミニウム製品の輸入制限の対象から外れた国はメキシコ、カナダ、EU諸国、韓国である。
当面除外という条件はあるものの、アジアで日本ではなく韓国が対象外になったことを日本政府の面々はどのような気持ちで受け取ったことだろう。
中国とともに日本は関税値上げの対象となり、中国にはさらに制裁関税も課されるおそれもあるという。
ただこの関税引き上げの対象はいまだ流動的である。
アメリカの高い武器をさらに購入することなどを日本政府が示せば、制裁対象から外されることもあるかもしれない。
しかし、それは従来通り日本から輸入してアメリカが被るであろう被害額を上回る規模の武器の購入が条件となるだろう。
今までのトランプ大統領の言動を見れば、安倍首相がどんなに蜜月を演出しても、相手はそのこととは無関係に要求を突き付けてくることはわかりきっていることである。
どんな国に対しても(特にアメリカ、ロシアであっても)はっきりと意見を言わぬ国の末路は推して知るべしである。