この選手の爪の垢を煎じて飲ませたい人たち
内田前監督はその場面を見ていないというが
視線は悪質タックルの方を向いているように見える
(2018年5月25日 ABCテレビ「羽鳥モーニングショー」より)
反則行為を行った日大の宮川選手の22日の会見では、「(監督などから)
指示はあったが、やったのは自分で自分に責任がある」「自分はアメフトをする権利はない」という言葉で宮川選手の誠実さが十分伝わってきた。
一方、翌日の日大側の内田前監督や井上奨コーチの緊急会見では(悪質タックル)の指示を新ためて否定した。
数日前の他局の画面でも一部の人たちの視線はこの通り
(2018年5月18日 TBSテレビ「ひるおび」より)
私はこの2つの会見を見聞きして、日大側の発言はこれはちょうど森友・加計問題に対する安倍首相の対応と同じようだなと思えた。
一方はおそらく真実を述べているように思えるが、他方は保身に汲々として肝心なところをぼかして語る。
こんな構図が現在の日本のいたるところにみられる。
もちろんきちんとした証拠や理由があるわけではないが、相手の言動で、本能的に感じることは正しいことが多いものである。
安倍首相も日大側も真相究明を口にはするが、はなからその気はなく、ほとぼりが冷めるのを待っているようにしか見えない。
人間は過ちを犯す動物である。
しかし、それが過ちだと分かった時点で反省する生き物でもある。
これが野生動物と人間の違い、というと「いや違う」と反論があった。
動物の中には学習能力があって、同じ過ちを犯さないものもいるという。
「鳥頭」という言葉がある。
ハトの記憶力は10秒で、ニワトリは3歩歩くと忘れるという。
この言葉は「バカ」の代名詞のように使われるのであまり書きたくないが、使いたくなるほど今の世の中は荒れている。
この「鳥頭」という言葉を出した途端、またもや反論があった。
ハトは何百キロも離れた場所から戻ってくるではないか、アヒルは生まれて最初目にしたものを親と認識するではないか、と。
そうならば、つい数年前いや数日前のことを記憶にない、覚えていない、見ていないという人たちは「鳥」以下なのか。
政界にも、スポーツ界にも、宮川選手の爪の垢を煎じて飲ませたい人たちがたくさんいる。