功を焦って北方領土問題のハードルを下げようとする安倍首相

 安倍首相が訪問先のシンガポールでロシアのプーチン大統領と会談し、1956年の日ソ共同宣言を基礎にして、ロシアが北方4島のうち歯舞・色丹の2島を先行して日本に返還し、ロシアとの平和条約締結を加速させることに合意したという。

 そしてこれは安倍首相の方からプーチン大統領に提案したという。

 まさに青天の霹靂とはこのことだろう。

 ロシア側から提案があるのならともかく、どうしてわざわざ日本側から不利な提案をしなければならないのか。
 
 今回のことに、歯舞・色丹に住んでいた元住民は「(歯舞・色丹の2島が)還ってくることは嬉しいが、国後・択捉が置き去りにされないか、それを思うと喜んでばかりはいられない」と言っている。


 1956年の日ソ共同宣言で、歯舞・色丹は平和条約締結後に返還すると明記されたが、日本側はあくまでも4島の一括返還という姿勢をとってきた。

 「4島一括返還」が70年以上一向に進展しなかったというのは、今までの日本の外交がいかに緻密な戦略に欠けた稚拙なものであったかを示すものでもある。


 1945年に日本がポツダム宣言を受諾して降伏する意思を示したとたんにソ連が日本固有の領土である北方4島に侵攻し、今もロシアが法的根拠もなく占拠し続けている。

 このような北方4島をすべて返してもらうことに、たとえわずかなことでも付帯条件があってはならないのは当然であろう。
 
 
 今回の合意について安倍首相は、4島返還の前提を変えずに、まず歯舞・色丹の2島の返還を確実にさせるというが、残りの国後・択捉が今後の会談で確実に返還されるという保証はなされるのだろうか。

 現にプーチン大統領は会談後の記者会見で、「(1956年の共同宣言に明記された歯舞・色丹の2島の日本への引き渡しについて)どのような条件でどこが主権を有するかは言及されていない」などと述べ、早くも安倍首相が語った内容と食い違いをみせている。


 北方領土における日本側の4島一括返還の姿勢は70年以上一貫して変わらなかった。

 ここへきて安倍首相はその姿勢を突然変えようとしている。


 安倍首相は、北方領土返還が70年以上も一歩も進展しなかった原因を4島一括返還にあると考えたのかもしれないが、先にも述べたがそれは日本の外交が稚拙であったことも原因なのだ。

 さらに今回の合意を経て、仮に歯舞・色丹の2島が日本に引き渡されたとしても(主権はロシアのままで)、ロシアは領土問題の幕引きを図ろうとしているのかもしれないことは容易に想像できる。

 上記のような過程を経てロシアは北方領土問題は解決したとみなし、国後島択捉島が日本に戻ってこない恐れは十分ある。

 もっと悪い見方をすれば、「平和条約締結」は実現したが歯舞・色丹2島の返還はうやむやになった、というシナリオもあるだろう。
 
 ロシアは平和条約締結によって得られる日本からの莫大な経済支援だけを実現させたいのかもしれないのだ。

 今までのロシアが行ってきた外交姿勢を見れば、それらのことは当然予想できることである。

 前回ウラジオストックプーチン大統領が「この年末までに前提条件なしに平和条約の締結を」と発言したことに沿うような形で安倍首相が首脳会談で合意したことは、どうにかして任期中に何らかの功績をあげたいという安倍首相の野心が影響したのかもしれない。

 その証拠に安倍首相は今回の合意についてこう語っていた。
 
「戦後70年以上残されてきた課題を次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つ強い意志を完全に共有した」

 何か純粋文学の一文のようである。


 このような安倍首相の足元を見て、プーチン大統領はさらに難しい要求を日本に突き付けてくるだろう。

 70年間以上も一貫して日本が取り続けてきた基本的な外交姿勢を、己の政治史を飾るためにいとも簡単に変えてしまう危なっかしい安倍外交は本当に大丈夫だろうか。