心がこもっていない~奄美空港、車椅子の乗客に・・・

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 作家の椎名誠は自身のエッセイでこのようことを書いている。

 長いアメリカ生活から帰国した息子ファミリーと一緒に北海道で夏休みを過ごした帰路、椎名誠は「三歳未満のお子様連れは優先搭乗」できると知って、息子たちより先にゼロ歳児の孫を胸に抱いて搭乗ゲートを通った。

 すると係員から「その子のチケットは?」と問われたという。

 椎名誠のチケットには「同伴幼児」の箇所に孫の名前が記入されていたのでそれでいいのだろうと思ったが、実はゼロ歳児のチケットも要るらしいとわかった。

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 規則だから仕方が無いのだが、係員の応対がまるで「検問」そのものだったと書いている。

 係員は笑顔ゼロで、ロシアのイミグレーションにいる兵士だってもう少し人間的な顔をしていたと、椎名誠は言う。

 知らなかったとはいえ、息子夫婦が来るまでそこに待たされたのである。

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 不快なことは機内でも続いた。

 「離陸時、幼児は親が抱いていなければならないと規則に定められている」とスチュアーデスから言われ、せっかく親の隣の席で寝込んでいた子供を起こして抱かなければならなかったらしい。

 眠りを妨げられた子供は不機嫌に泣いてむずかったという。

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 椎名誠は思った。「規則」って何だ?と。
 
 そこに人間的な心が入っているのだろうか、と。

 外国でもいろいろな厳しい規則はある。しかしそれはその時の状況によって臨機応変に対応するようだ。

 それは係員の優しい笑顔であったり、危険が増すことが無ければ柔軟に対応したり、係員がその場でできることをやってあげることだ。
 
 日本における「規則」は、「何かあったときの責任逃れ」というやつだろう、と椎名誠は結んでいる。
 
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           航空関係者の手助けなく、タラップを車いすに乗ったままで・・・
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             車いすから降りて自力でタラップの階段を下りた
(いずれも6月28日 MBSテレビ「Nスタ」 より)
 
 奄美空港で「車椅子の客が腕だけで17段の階段をよじ登らされた」というニュースを知って、自分が、あるいは家族が、同じような仕打ちを受けたら、と胸が苦しくなった。

 それでもその会社は「規則だから」という言葉を繰り返すのだろうか。

 足の不自由な人が階段をよじ登るのを周囲の係員は手も貸さずにじっと見ていたのであろうか。

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 私はもう20年以上も飛行機を利用したことが無い。

 居丈高な態度で「規則」を振りかざしながら、笑顔のない人たちの前を通らなければならないかと思うと、不愉快だからである。

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 不穏な世界になって空港の「規則」を厳しくしなければならないこともあるだろう。

 でも「規則」を曲げなくてもやれることはたくさんある。

 どんな厳しい「規則」でも、心がこもった行動をすれば、人は受け入れてくれるものである。